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厳重拘禁囚 鮎川壬姫編1



移送を告げられたのは早朝だった。

いつもの検身と房内点検が終わり、朝食の配給を受ける前に呼び出しがかかった。
「鮎川壬姫さん、重要な連絡があります。すぐ所長室へ」
普段からわたしを番号で乱暴に呼びつけ、高圧的に接することしかなかった刑務官の言葉。
その態度に妙な違和感を感じながらも、ここは素直に応じるしかない。
何しろ、今まさに私は「懲罰中」の身だったから。
難癖を付けられる態度はとらないのが最も賢明。
不貞腐れた気分を、声にも顔にも一切表さないで「ハイ」と返事をする。
ここでの生活で身につけた数少ない技術だった。

わたしは地下の懲罰房に繋がれていた。
原因は些細なことだったけど、ここではどんな言い訳も通用しない。
ただひたすら反省の態度を示すこと。
つまりじっと黙って、厳しい叱責と理不尽な仕打ちに耐え忍ぶことが、
結局は一番の良策だということを知ったのは、恥ずかしながら最近のことだ。
おかげさまで普通監房と懲罰房を行ったり来たりのわたし。
どう考えても模範囚とは対極の存在なのは明らかだ。
刑務官たちに「反抗的な囚人」と認識されているのも当然…かもね。


懲罰房の鉄扉が開かれ、2名の刑務官が入り込んできた。
ついさっきも検身が行われたのに、再び身体を調べ上げられるのだろう。
こういった外出時の検身は特に入念だった。
命じられるのも癪だったので、黙って股を広げて立ち上がってやる。
キャンバス地の拘束衣で締め上げられている上半身と比較して、
下半身は2本の革ベルトを股に通されているだけという、笑えるくらいに無防備な状態だ。
丁寧にゴムの手袋を嵌めた刑務官に、2つの孔の中を探られる。
なぜ必要なのかもわからない、性器と肛門の検査。
まぁ、わたしのこんな格好はこの作業に都合がよいのだろう。
時間にして数十秒。「異常なし!」という確認の声が響きわたる。
当たり前だって。
…異常なんてあってたまるか馬鹿。


その後、背中と股のベルトがゆるめられて拘束衣を脱がされた。
代わりに可愛げのない灰色をした、ワンピース状の囚人服が手渡される。
早く着ろという無言の命令が不愉快だった。
「両手を前に」
そしてこれは、手錠をかけますよの合図。
懲罰中は、監房以外の場所で必ず戒具を使用されることになっている。
一人が手際よく手錠を嵌め、もう一人が足錠を嵌めた。
手足両方の戒具は長い鎖で互いに繋がれ、腰に巻かれた革のベルトに結わえ付けられる。
無地の布靴を履かされ、革の口枷を噛まされて完成。
これがわたしの外出姿だった。

「出房ーッ!」
芝居がかった大声の号令が無機質な「地下牢」の中に響く。
わたしが歩くことが許されているのは、線で区切られた「囚人用通行帯」のみ。
その狭い範囲の中で、しかも鎖の結わえ付けられた足を引きずりながら、前後の刑務官とつかず離れずの距離をとりながら歩くのはなかなか難しい。
少しでもずれると激しい叱責の言葉をを浴びせられる。
まったくもって理不尽だ。

2重の鉄扉をくぐり、ようやく地上への階段を上る。
そしてすぐに所長室へと連行された。
どうせまた懲罰期間の延長が告げられるのだろうと思っていたが、どうやら様子が違う。
難しい顔をした制服姿の女が、やたら立派な机に肘をつき待ちかまえていた。


口枷が外される。
「鮎川壬姫」
「は、はい」
手錠を施されているために拭けなかった口周りの唾液を、刑務官に拭われる。
情けないけれど仕方ない。
「本日付で、あなたを厳重拘禁処遇とすることが決定しました」
聞き慣れない言葉。
所長の女は、スッと立ち上がり一枚の書類を掲げた。
わたしはよくわからないまま首を傾げたような気がする。
「つまり、現在の懲罰的処遇を恒常的に継続する処分ということです」
丁寧だけれど冷たい口調。
少し離れた高い場所から、所長の女は手錠姿のわたしに残酷な通知を突きつけた。
「反抗的な態度。繰り返される規律違反。命令無視。さすがに弁解の余地は無いでしょう」


いや、その通り。
だけどわたしにだって言い分がある。
「あ、」
もちろんそんな抗弁など、わたしに許されるわけもなかった。
すぐさま口枷を挿し込まれ、声を封じられる。

「…今後の予定を通知します。」

所長の口から大まかに伝えられたのは、
厳重拘禁囚専用の施設へ移送され、残りの刑期をそこで過ごすこと。
移送準備のため、この後再び懲罰房内で拘束されること。
現時点をもって、わたしの身分は厳重拘禁囚となること。

こんなところだった。
予想もしなかった事態に、さすがにわたしも狼狽えた。
厳重拘禁?施設へ移送??
聞き慣れないことばかり。
いったいわたしは…
これから、どうなるの…?



わたしはいわゆる凶悪犯などではない、と思う。
もちろん真っ当に生きていたら…
こんなところで鎖に繋がれているはずもないのだけど。
ちょっとしたボタンの掛け違いがあった、ただそれだけのこと。
施設育ちのわたしが、何を間違えたか身分不相応な夢を見てしまった結末がこれ。

正直、わたしは優秀だった。
容姿にもかなり恵まれていた方だと思う。
そのことを十分自覚していたし、最大限にそれを利用して、
自分の置かれている境遇をどうにか変えたくて、必死に努力してきた。
それがいけなかったとは今でも思わない。
恥ずかしい言い回しだけど、むしろそんな自分が好きだった。

驚異的な成績と、抜群の運動神経。そして端麗な容姿。
有名な伝統校とされたとある女子学院へ、特別待遇での合格。
もちろん施設始まって以来の快挙だった。
薔薇色の人生の幕開け、なんて馬鹿みたいに舞い上がって。

…詳しく覚えているのはこの辺までかな。
後はもう思い出したくもない日々だった。
特別とされた身分は、とにかく居心地の悪いものだった。
所詮は孤児。
施設育ち。
あまりに特異なわたしの出自は、どう考えても格好の標的にしかなり得なかった。
いや、本当に風当たりの強かったこと。
嫉妬に怨恨、本当に女ってこわい。

わたしが愚かだったのは、死にきれなかったことかもしれない。
いや、殺しきれなかったのかも。
気がついたら、
一つの教室ごとわたしを苛めていたグループの女どもを始末してしまうところだった。

用意周到、練られた計画性。12時間にもわたる監禁、復讐。
薄幸な美少女高校生による、冷酷な学校占拠事件。教室爆破・大量殺傷未遂。
当時のマスコミはこぞって扇情的に報道したらしい。
ゲームの影響とか、現代社会の歪みとか、大人たちは勝手に原因を探ったようだけど。
ことは単純。単なる復讐と世間へのアピールだったし。
でもこうして冷静に振り返ると、確かにわたしは自分を見失っていた。
酷いことをしてしまったと、逮捕され、刑罰に服することになった今ではそう思える。

助かったのは、世論がかなりわたしに同情的だったということ。
伝統的女学院での陰湿な苛めの実態が暴かれ、当初は被害者とされた連中にも
非難が集中したそうだって。そして大量の減刑の嘆願書が届けられたとも。
よくわからないけれど、弁護士さんによれば、
事件を知った「ニチャンネラー」とかいう人たちが中心になって動いてくれたみたい。
見ず知らずのわたしに、そんなことまでしてくれる人たちというのもいるのね。
やっぱり顔が可愛いというのは得なのかも。

そうそう、ネット上にわたしの画像がいっぱい流出したらしくて、
それはちょっと笑えない。
変な文字の入ったTシャツとか着て写っていたヤツじゃないといいけど。
アメリカの地名みたいな仇名を付けられたら、恥ずかしすぎる。

ちなみにわたしに下された判決は、8年の禁固刑だった。
嘆願が実ったのかどうかはわからない。
だけれど、比較的寛大な判決だって弁護士さんは言ってた。
もっとも、もうわたしはどうでもよかったんだけど。





だから、あと、7年…か。

ここに来てからのわたしは、それまでの反動もあって、
従順で大人しい良い子を演じるのを止めてやると決めていた。

ほんとに馬鹿、わたしの馬鹿。
その代償がこれから始まる厳重拘禁囚としての生活…。

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